「惟喬親王」

 

 惟喬親王との出会いは、ちょっとした偶然だった。
 管理人が京都に移住してすぐの頃、大原を訪れた。一日掛けて大原周辺をぐるりと回り、さて帰ろうかと思ったが次のバスの時刻まで時間があった。どうしたものかと愛用の地図を眺めていたところ、近くに惟喬親王墓があることを知った。それは丁度帰りの道沿いに近く、バス停も近かった。なので、当時はとりあえず片っ端から見学してやろうと意欲的だったので大原のバス停から惟喬親王墓まで歩くことにした。
 それは人気のない山の中腹にあった。最初はその場所がわからずに、近所の方と思われるご年配の方に聞いてようやく辿り着いた。五輪塔を中心に石の柵が取り囲む。とりあえず手を合わせ、それからお墓の階下にあった社に頭を下げた。ただ、この時は惟喬親王がどのような人物だったのか知らなかったので、ふーん、とその場を後にした。
 帰宅後、惟喬親王を調べて初めてその人物像を知った。

 惟喬親王は文徳天皇の第一皇子で、幼き頃より聡明であったらしい。父である文徳天皇も親王を大層可愛がり、立太子も間近と思われたのだが、政治の波が親王を飲み込んだ。当時政治の実権を握っていたのは右大臣藤原良房で、その娘の明子が文徳天皇の皇子である惟仁親王を産んだのだ。すると当然のことながら良房は自分の孫である惟仁親王を次の皇位にと望んだ。公言したかどうかは定かではないが、周知の事実だったろう。承和の変で自らも後継争いに巻き込まれた経験があり、その際に力となった良房の意向を無視することができない文徳天皇は、惟喬親王を政争に巻き込みたくないという思いもあったのだろうか、後に清和天皇となる僅か生後九ヶ月の惟仁親王を皇太子するしかなかった。惟喬親王の母親は紀名虎の娘であり、凋落の一途を辿る紀氏では良房には対抗しうる後ろ盾とはならなかった。
 こうして惟喬親王は悲運の皇子と呼ばれるようになった。
 しかし、それで惟喬親王の悲運が終わった訳ではない。実力はなくても権利があるというのは良房にとって忌まわしい存在だった。いつ自分に対抗する勢力が惟喬親王を担ぎ出さないとも限らない。こういう危険因子は前もって排除しておくに限る。そう良房が考えてもおかしくないだろう。そしてそれは惟喬親王にもわかっていた。今後己が行き抜く為には一切皇位を望んでいないことを公にしてしまわなければならない。その為に惟喬親王は小野の地に隠棲し、剃髪して俗世を捨てるしかなかった。
 賢明な判断だろう。こうした点からも惟喬親王は聡明であったといわれるのかもしれない。
 その後の惟喬親王の足取りには様々な説があり、そして様々な伝説が残っている。中でも惟喬親王を木地師の祖とする伝説は有名で、日本各地に惟喬親王を祀る社を残している。木地師とは木碗や木盆を作ることを生業としていた集団のことで、なんでも木の実の抜け殻を見た惟喬親王が木をくりぬいて器を作るのを考案されたのだとか。また隠棲の地であったと伝わる雲ヶ畑で現在も夏の夜に行われる「松明上げ」は、元々惟喬親王を慰めるために地元の人々が執り行ったのがはじめとされる。
 様々な伝説を残し、没年についても様々伝わるが、惟喬親王は五十代半ばで亡くなったようだ。

 再び惟喬親王のお墓を訪れたのは1年後ぐらいだったろうか。よく見れば、階下の神社は御霊神社とあった。御霊神社といえば、怨みを飲んで死んでいった御霊を慰める為の神社だ。上御霊神社、下御霊神社は有名だろう。ということは、惟喬親王はそれほどまでに皇位につけなかったことを怨んでいたのだろうか。おそらくは、周りの人々が惟喬親王の心情を推量し、同情し、社を建てて慰めとしたのだろう。
 惟喬親王の本心は?もちろんこれは管理人の勝手な解釈でしかないのだが、聡明であるが故に現実はしっかりと受け止めていただろう。
「白雲の 絶えずたなびく 峰だにも 住めば住みぬる 世にこそありけれ」
 惟喬親王が詠んだ歌だとされるが、要は「住めば都」と歌っている訳だ。これこそ惟喬親王が到達した境地ではないだろうか。
 惟喬親王の墓から周囲を眺めた時、残念ながら木々に遮られて眺望はきかなかったが、それでも木々の間に輝く夕日と、朱に染められた山肌の光景は美しかった。

 都を追われた惟喬親王だが、現在では都のすぐ北側の玄武神社に祀られている。玄武といえば北方守護の霊獣だが、都の北方に当たる小野郷を転々とされたという惟喬親王を北方守護の神とするのも、的を射ているというか酷というか。それでも惟喬親王は都に帰ってこられた訳だ。それこそが、第一の慰めなのかもしれない。

 関連作品:京都にての歴史物語「夢に遊びて

(2010/05/12)

<惟喬親王縁の地>

 ・惟喬親王墓。
  京都市左京区大原上野町

 ・惟喬親王を祀る。
  玄武神社⇒http://www.gennbu.com/

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