東寺(教王護国寺)

~ライバル~

<登場人物>
・島田昌志(シマダマサシ)・加代子(カヨコ)

 

 島田昌志は、バスが京都八条出口を出発するのを車中から退屈気に眺めていた。
「あら、ようやく出るみたいよ」
 隣で期待に満ちた声を上げる加代子の言葉を聞いても、返事さえしなかった。
 昌志の目にはただ、渋滞を起こしている車と、巨大な駅ビル、過ぎ行く人々だけが映る。無関心に映る。これといった感慨もなく。
 京都。仕事で訪れたことは度々あったが、観光で訪れたのは何年振りか。妻の加奈子に誘われて自治体主催の京都旅行に参加したが、正直なところ乗る気ではなかった。ただ家にいても暇だから、仕方なく従った。
 しかし、京都がなんだというのだ。加奈子も京都に対して異常な程に憧れを抱くが、どこの街の風景とも変わりがないではないか。利用価値のない古いものは一新され、機能効率ばかりの薄っぺらなものに取って代わられる。胡乱な『古都』という宣伝文句の響き。
 経済発展と観光目的の保存。矛盾を抱え、欺瞞に満ちた街。それが昌志にとっての京都だった。下手に過去に縋るのを止めて、発展を追及するなら、とことん追及すればいいとさえ思う。
 高架橋下のブルーシート。過去とは無縁の現実の風景。
 京都駅を出たバスは竹田街道八条の交差点を右折し、九条通りに出て更に右折し、西へと向う。日程表には、最初の目的地は東寺とあった。自ずと知れた、京都を代表する寺院の一つだ。
 平安遷都と共に延暦15年(796)、官寺として造営され、弘仁14年(823)空海が当寺を賜り、教王護国寺と称して鎮護国家の道場とした。後に幾度かの盛衰を繰り返しながらも、現代まで脈々と続いている歴史ある寺院だ。
 バスは九条通りを進み、大宮通に至って三度右折する。この頃になると、バスの右手前方から右折に合わせ左手に回り込むように、東寺のシンボルにとどまらない、京都のシンボルである五重塔が姿を現す。塀の向こうに、青空を突き刺すように。
「まぁ、立派」
 感嘆する加奈子。
 だが昌志は、この位置からならば幾度か目にしたことがあり、改めて感じるものもなく通り過ぎた。
 バスは慶賀門横から進入し、敷地内の駐車場に停車した。
 バスを降りれば旺盛な陽光が白砂の地面に反射し、眩しかった。
 境内に入るのは初めての昌志だったが、まず感じたのは意外な静けさだった。回りを大通りに囲まれているにも拘らず、車の騒音が響いてこない。外から眺めている時には、これでは風情もあったものではないと車の騒音の中、皮肉な笑みを浮かべていたものだが。
 静けさの中、見渡す境内には多くの緑茂る樹木が立ち、輝く白砂、黒染めの建築物、遠くに五重塔。洗練された硬質な情景美が、無関心だった昌志に小さな驚きを与えた。
 40人前後の一行は、バスガイドの案内に従って早速拝観受付を済ませ、講堂へと向った。
 軒回りの組物の見事な凹凸が、そのまま全体の偉容を伝えている講堂。重層な観を呈し、朱の薄くなった柱が時の長さを思わせる。
 静かに扉を開いて中に入る。風が入ってこないために中は少し蒸した。
 建物内に入ると、眼前に五智如来、五菩薩、五明王、四天王、それに梵天、帝釈天からなる立体曼荼羅が展開されていた。重なる仏像の姿。いかめしく、穏やかで、慈愛に溢れ。そこには様々な感情の交差があり、また、精緻なる線、力強いまでの隆起、その一つ一つが、人間を超越した、いかにも仏に相応しい容姿を誇っていた。
 ガイドの説明に耳を傾けつつ、昌志も熱気にも似たものを仏像に感じて魅せられた。
 ところが、周りでありがたそうに仏像を拝む老いた人々の姿に、昌志は抵抗を覚えた。だから加奈子が熱心に手を合わせているのを見ては、
「次に行くぞ」
 と肩を叩いて、強引に連れ出した。
「どうしたの?」
 と加奈子が問えば、昌志は答える。
「そんなにありがたく拝むには、まだ早いだろう」
 熱心に拝んでいては、まるでお迎えが近いように思えて嫌だった。昌志は、まだ自分が若いと自負している。
 昌志の気持ちを知ってか知らずか、苦笑いを浮かべる加奈子を置いて、昌志は一番にガイドの後を追った。
 金堂も講堂に負けず劣らずの堂々とした姿で、その柱一本一本から感じられる年季はやはり奥深いものを感じさせた。
 中に入ると、豪華な金色が輝きだす。先ほどのような壮観さはなかったが、薬師如来を中心に、月光菩薩、日光菩薩とも静寂を保ちながらも、どこか張りのある雰囲気をかもし出していた。静かであり、そして豊かであった。
 ところが、ここでも昌志は形ばかり手を合わせただけで、同行の人々を置いて外で待った。信仰心がまったくない訳ではなかったが、どうしても今は気分が乗らなかった。
――俺はまだ、仏だ何だに頼る必要はない。
 ガイドよりも先に外に出てしまったので、それを待ってから五重塔へと向った。
 砂利を踏みしめつつ歩めば、やがて樹木に隠れて見えていた五重塔の全体像が現われる。内に五段の陰を内包し、太陽の光を受けてもなお黒く、 高々と聳える姿は頑強で、重々しいまでの尊厳を誇っていた。
 昌志も、改めて見れば大きなものだと感心した。ところが、近付けば近付く程に五重塔の背は伸びて昌志への威圧を増し、近付けば近付く程に重みを増して昌志を圧倒した。軽い感動はやがて驚きとなり、更には畏怖へと変転した。今まで遠くから眺めていたばかりに抱いていた侮りが、全て吹き飛ぶ。
「大きいわねぇ」
 妻が発した当たり前の感嘆にも、
「ああ」
 と、昌志はまた当たり前の頷きを返してしまった。
 真下から見上げれば、視界を占めるのは五重塔の魁偉な姿と、雲一つない、抜けるような青空だけだった。まるで五重塔が、この青空を支えているような。
「この五重塔は、過去に四度消失しておりますが、これは都で唯一の高さであったために、雷が落ちやすかったとも言われています。現在の塔は徳川家光の寄進によりまして、寛永21年に再建されたものです」
 ガイドの説明に、昌志は深く頷いた。やはりこの塔は、京都の空を支えている。現在でも、他に高層建築が多くなったとはいえ、変わらずにこの五重塔は京都のシンボルであり、天を司っているのだ。どんなに時代を経ようとも。どんなに時を重ねようとも。
 突然、昌志は五重塔に嫉妬を覚えた。磐石として揺るがぬ、その存在に。
――俺はここでなにをしている!
 悔しさが込み上げ、固く拳を握り締めて塔を睨むように見詰めた。
 昌志の嫉妬は、己の現状から発している。長年勤め上げた運送の仕事。今年に入って、彼はその仕事を失ってしまったのだ。この不況下、自営で、しかも60歳を過ぎた昌志に仕事の依頼はなくなっていた。長年仕事一本に生きてきた人間だけに、仕事を失ってしまった途端に、自分がこれからなにをして生きていけばいいのかを見失ってしまっていた。
 それに引き換え、五重塔は――
 嫉妬の対象としてはおかしいかもしれない。また例え対象になり得たとしても、身の程知らずかもしれない。たかが60年生きた人間と、1200年の存在と。格が違い過ぎる。
 けれども昌志は、再び生きがいを得たいがために、必要以上なライバル心を五重塔に向けた。
――人生、まだ60年。負けてられない!
 昌志に家で過ごす安穏な日々は耐えられなかった。新たな気概を燃やし、生きることを望んだ。
 昌志は人生のライバルを、五重塔とした。まだまだ老け込んでなどいられない。
「どうかしましたか?」
 昌志の打ち震える様子に、加奈子は心配そうに尋ねた。
 昌志は最初、その声が届いていない様子だったが、ようやく気付くと首を横に振り、
「胸糞悪い。行くぞ」
 と、一人勝手に歩き出してしまった。

 宝物殿、大師堂、食堂と一通り境内を回った後、バスに乗り込んだ昌志は再度五重塔を見詰めた。塔は悠然とし、ライバル視されたことに「勝手にしろ」と言っているような気がした。
――今度会うのを、楽しみにしていろ。
 昌志は、力強い笑みを口元に浮かべた。

(2007/12/10)

東寺ホームページ⇒http://www.toji.or.jp/

京都にての物語紀行「東寺

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