三十三間堂

~千手千眼~

<登場人物>
・僕 ・彼女

 

 大学生になって僕にも彼女ができた。彼女は明るく、僕にとっては太陽のような存在だった。僕にはその太陽が眩し過ぎるように感じることもあったが、その暖かみから離れることができなかった。
 付き合いだしてから数ヵ月、彼女の提案で京都旅行に出掛けた。京都駅に降り立った後、彼女の希望もあってまず三十三間堂に向かった。
 三十三間堂といえば(旅行前に僕も始めて調べて知ったのだが)長寛2年(1164)に後白河上皇が勅願し、その命を受けて平清盛が建立した寺院で、正式には蓮華王院という。見所はなんといても堂内に整然と並べられた千体に及ぶ千手観音立像だろう。また雷神風神を代表とする二十八部衆の木像も見所のようだ。
 その日は生憎の梅雨空で、湿気を帯びた生暖かい風が肌に纏わりつく。天気予報では夕方から雨だというので、天候がもってくれるといいね、と彼女と語らいながら気軽に三十三間堂に入ったのだが――
 障子戸から入る柔らかい日差しが薄っすらと届く堂内に、千体の千手観音立像が階段状に整然と、奥行きをもって並ぶ光景が広がっていた。それは迫りくる大波のようでもあり、数の原理を以て見る者を圧倒する荘厳さに溢れていた。
 想像はしていたが――途端に僕は、掛けたばかりの眼鏡を外したくなった。
「すぐに帰ってくるよね」
「もちろん」
 その瞳は、いつものように真っ直ぐで黒く澄んでいた。だから僕は母がすぐに帰ってくると信じて疑わなかった。
けれど――母は帰らなかった。
 僕はそれから、人の眼に嫌な『色』を見るようになった。眼を見詰めると、眼に見詰められると、僕の存在は消えてしまうような気がして怖くなった。

 遠い記憶――
 僕は近眼にも関わらず、必要に迫られない限り眼鏡を掛けない。そうすれば霞んだ世界は模糊とし、人の眼を気にしなくて済むからだ。僕は気楽に人の波を泳ぐ。けれど眼鏡はいけない。せっかく僕を護ってくれている霧を晴らし、刃を向ける人々の前に僕を差し出してしまうからだ。
 千手観音はその名の通り千本の手を持つ観音として有名だ。三十三間堂の千手観音は千手を四十二手で表現しているのだが、実はその全ての掌には『眼』が刻まれている。
 千手千眼――千の眼で多くを知り、千の手で多くを救済する。
 さらに三十三間堂の千手観音はすべて登頂に十一面を冠している。正式名称を十一面千手千眼観世音菩薩という。つまり一体の立像は概念として1024個の眼を持っているのだ。それが千体。ざっと10万2400個の眼がこの堂内には密集しているわけだ。
 所詮は概念上の数。所詮は木像ではないか。けれど僕の脳裏にはインターネットで知った千手観音立像が持つ『眼』という存在が強くインプットされてしまい、例え概念上だろうと、相手が木像であろうと、僕を恐怖させるに足る存在として迫った。
 僕の視線は、恐れている筈なのに返って吸い寄せられるようにして千手観音立像の眼ばかりを追った。切れ長の、薄く開けられた眼の数々。その瞳は無機質な筈なのに、僕には様々な色が感じられた。それは視覚的な色の変化というよりも精神的に喚起される感情の色。しかも僕にとって不快な感情の色。相手は木像なのに、と一人悲しく自分自身に突っ込みをいれるが、頭ではわかっていても一度そう見えてしまうと取り返しがつかなくなる。
 僕は慌てて眼鏡を外した。けれど彼女が怪訝な顔をしたので、笑って誤魔化しながら仕方なくまた眼鏡を掛け直した。彼女は僕が近眼であるのを知っているが、眼を恐れていることは知らない。余り知られたくはない秘密。思えば、彼女の眼も長いこと注視できない。彼女を信じているつもりだが、長いこと見詰め合ってしまうと嫌な色が見えてしまいそうで・・・
 僕は大波を鋭く横切るサーファーのように視線を右往左往させながら、足並みは彼女に合わせつつも極力この場を早く立ち去りたいという焦りを感じていた。
 堂内の中央に配置された高さ3メートルを超す中尊の千手観音坐像もなんとかやり過ごし、後半に入っても僕の視点は定まらなかった。ところがある瞬間、僕は移り行く視界の中に妙な存在感を捉えて反射的に視線を戻した。そこには一体の千手観音立像があった。他の千手観音立像と同じように整然と並ぶ中に。ただ、その一体の千手観音立像が他のものとは違い僕の視線を惹いたのは、その表情にあった。その表情は、まるで3年前に亡くなった祖父の面影に似ていた。
 僕は驚き、そして僕の視点は堂内に入って初めて定まった。

 父は僕が8歳の時に病気で死んでしまった。そして母は、翌年に僕を置いて他の男性の元に走ってしまった。僕は父方の祖父母の元に引き取られた。
 祖母はいつも怒っている印象があった。母のことも口汚く罵っていた。僕に対しては哀れむ部分があった為か強く当たられることはなかったが、僕は祖母が苦手だった。それに引き換え祖父は丸い大きな顔にいつも柔和な笑みを浮かべているような人だった。とにかく優しかった。もちろん僕が悪さをすれば叱る強さは持っていたが、それでも僕は祖父が好きだった。
 母に置いていかれて以来、人の眼に感情の色を見るようになった僕にとって、その色はどれも不快で、僕に対する好意の色とはとても思えず、きっと僕に害をなすだろうと思われた。祖母の眼の中にも色は浮び、僕はそれを恐れた。けれど、なぜか祖父の眼の中にだけは色が映らなかった。瞳の中には、僕がかつて信じた母のあの真っ直ぐな瞳のように黒く澄んでいた。僕は、祖父の眼だけは信じられた。

 僕は祖父の面影を持った千手観音立像の眼を見詰めた。それはやはり切れ長の、薄く開けられた眼だったが、そこから覗く瞳の中に僕は色を見なかった。
 そういえばインターネットで三十三間堂の下調べをした際にこんな記述があった。『千体に及ぶ千手観音立像は多くの仏師によって作られた為に、千体それぞれの表情には個性があり、その為ここを訪れた人は千体の千手観音立像の中に逢いたい人の面影を見つけることができると言われている』と。僕はそこに祖父を見出した。そしてとても懐かしい想いが込み上げてきた。祖父が亡くなった時、とてもショックだった。これでもう、僕が心から信じられる人はいなくなってしまったのだと。以来、僕は孤独だった。彼女が出来た今も、孤独を拭い去ることはできないでいた。
 僕は祖父を見詰めた。その瞳は相変わらずに黒く澄んでいた。と、懐かしさらからか突然に思い出した祖父の言葉があった。それは僕が中学生の頃、人が信じられずにひたすら下を向いて生きていた時のこと、思い悩んでいた僕は些細なことを切っ掛けに祖父に言い知れぬ不満、怒りをぶつけたことがあった。祖父は僕が全てを吐き出すまで黙って聞いていた。そして一通りの感情を吐き出し、僕の言葉が途切れた後に、
「信じられる人になって欲しかったら、まず自分が相手に信じられるような人間になることだ」
 と言った。けれど当時の僕は、こんな言葉には納得がいかなかった。
 他人との距離を適度に保つことを知ることが大人への階段というならば、僕はきっと大人になったのだろう。例え相手に不快な感情の色が見えたとしても、僕はその危害に遭わないような適度な距離を知り、今日まで生きてくることができた。けれど、思い出された祖父の言葉は、今の僕のこの態度とは一致しないだろう。僕は祖父を見詰めながら、見詰められながら、この瞬間にもう一度考えてみた。
――結果はともかく、まずは自分が相手を信じなければなにも始まらないってことだろう。
 今の僕なら、祖父が言いたかったことが理解できる。けれど、ある程度上手く生きていけるようになった今、その殻を破る必要性があるのだろうか。僕は祖父に尋ねてみるが、もちろん答えはない。結局は自分自身で答えを出すしかなく、その重要な要素は、自分が何を望むかだ。
 僕は傍らに立つ彼女に向き直ると、僕を見上げていた彼女の眼と出会った。彼女は不思議そうに僕の眼を覗き込む。僕は彼女の眼の中に浮んでくるだろう色の恐怖と戦いながらも視線を逸らさずにひたすら見詰めた。
 その時間はどのぐらいだったろうか。僕は彼女の眼の中に色を見出さなかった。彼女の瞳はまっすぐで黒く澄んでいた。僕はまず、この女性を信じることから始めようと思った。
 決意を胸にもう一度祖父と向き合おうとしたが――祖父の面影はどこにもなかった。その代わり、どの千手観音立像の眼にも、僕は『色』を見なくなっていた。

 堂の南端に辿り着いた時、彼女は無邪気な笑顔で、元気に僕にこう言った。
「な~んか、これが一気にパラパラ踊りだしたら凄くない?」
 千体の千手観音による一糸乱れぬパラパラ。
 その発想。ああ、やっぱり君は僕の太陽だ!

(2009/08/13)

蓮華王院(三十三間堂)ホームページ⇒http://sanjusangendo.jp/

京都にての物語紀行「三十三間堂

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