八大神社

~無駄足参り~

<登場人物>
・私

 

 寒い時期は人間心理のサイクルとして、優柔不断に陥り易いらしく、大きな決断をするには望ましくないのだとか。見上げた青空は、夏の空のような明瞭さに欠け、少しだけ白濁とし曖昧な透明度を高めていた。なるほど、太古から運命を司る天までもがこんな曖昧な表情では、どうしてその僕である人間が確信に満ちた決断を下せようか。
 私は一眼レフのカメラを青空に向け、ファインダーを覗きこんだ。
「でも、ここまで来ちゃったしねぇ・・・ねぇ、武蔵君」
 京都の左京区にある八大神社。観光地として有名な詩仙堂の隣にある、北天王、もしくは北の祇園と称される、祇園八坂神社と同じ神を祀る社。詩仙堂の山門の東側に鳥居を構え、本堂の脇を回り込むように上る参道を進むと、右手に寺務所、左手に本殿を望む。
 その本殿前、階段を登り切った左手に、鉢巻きに二本の小柄を挟み、二刀構えた宮本武蔵の銅像は立っていた。

 自分の道を進む為に、私には儀式が必要だった。

 大学に入学した頃、私の世界はモノクロだった。
 初めて自分のカメラを持ったのは高校二年の終わりで、それまでも携帯電話に付属するカメラで友達の写真や街の景色などを撮影していたけれど、物足りなさを感じて貯金とお年玉を叩いて本格的な一眼レフのデジタルカメラを買った。最初は普通に撮影をしていたけれど、次第にデジタルカメラの機能として付属されていたモノクロ撮影に凝りだした。
 なぜモノクロを求めたのか。単純な言葉にすれば「しっくりきた」から。今になってその「しっくりきた」要因を分析するならば、もしかしたら小学生の一時期にいじめの対象になった経験や、世界を覆う閉塞感を伝える多くの情報に、無意識に不安や恐怖を抱いていた表れかもしれない。
 そんな私のモノクロ一辺倒の嗜好に変化を齎したのが、大学入学から一年が経とうとした頃、偶然捉えた一枚の写真だった。それは街中の何気ない日常、雑貨ビルに囲まれた路地の片隅で野良猫同士の喧嘩に出会った。体を丸め、尻尾をゆらりゆらりと左右上下に振りながら、お互い警戒しつつ、威嚇しつつ距離を詰める黒模様と虎柄の二匹の猫。私は興味本位でカメラを構え、緊張の糸が限界に達しプツンと切れたその瞬間、二匹が交錯する様を何度もカメラに収めた。家に帰ってデータをパソコンに取り込み、撮影した写真を確認して私は声を上げて笑ってしまった。一枚の写真に写っていたのは、あの壮絶な喧嘩をしていた二匹の猫。ところが写真に写し出された二匹の猫は、まるでお互いの健闘を称え合うかのように、互いの首元に互いの前足を掛け、目を細め笑い合っている様に見えた。相撃ちの猫パンチが生み出した刹那の平和。
 私は、その写真を美しいと思った。モノクロの写真の中に、鮮やかな色彩を感じた。
 モノクロの世界の刹那に存在する鮮やかな美しき瞬間を、もっと撮影したい。例え写真という一瞬だけを切り取ったまやかしの美しさだとしても、そんな一瞬が存在することをみんなに知って貰いたい。それは写真という媒体を通しての、表現者としての目覚めだったのかもしれない。
 ところが、同時期にもっと大きな変化が私に訪れた為に、私はカメラさえも手放してしまった。理由は――恋をした。なにも初恋じゃない。それまでも男性と付き合ったことがない訳でもない。ただ、恋にのめり込む深度が今までとは違っていた。
 彼は、当時私がバイトをしていたカフェにコーヒーを卸していたメーカーの営業マンだった。歳は私よりも六歳年上で、細身で背の高い、柔和な笑みが特徴的な男性だった。アプローチは彼から。次第に私も惹かれるようになって、付き合うようになった。
 付き合い始めてから数か月後、
「君が大学を卒業したら結婚しよう」
 彼は私に告げた。
 私の世界は薔薇色になった。
 世界が薔薇色になってしまったら、写真が切り取る一瞬に特別なものを感じなくなっていた。だから私は簡単にカメラを手放してしまったのだ。
 それからの私は彼との結婚を夢み、ひたすら大学生活の終了を待ち望んだ。周囲の友達が就職活動にヒールの底を減らしている時も、フルで働く必要はないという彼の言葉に甘えて料理教室に通うなどして花嫁修業に勤しんでいた。
 ところが卒業まで間もなくとなった先月、彼との連絡は突然途切れ、代わりに刑事が私の元を訪ねてきた。刑事が言うには、彼が経理の女性と共謀して会社のお金を横領し、姿を消したというのだ。それを聞かされた私は――彼のそんな行いなど思いもよらず、ひたすら彼の身を案じ夜も眠れずにいた私は――あると思っていた階段がなくて踏み透かしたような、突然床が抜けて宙に投げ出されたような、つまりは自分の中に構築されてきた世界の崩壊する音を聞いた。薔薇色だった世界の天蓋は脆くも崩れ去り、その後に残ったのはモノクロを通り越した闇だった。
「彼は、その人と逃げたのですか?」
 闇に落ちた私がようやく放った言葉は、当然推測される成り行きだった。ところが現実はもっと私を嘲笑していて、経理の女性とは利害が一致しただけの共犯者で、彼がお金を必要としたのは、どうやら常連だったキャバクラの店員に貢ぐ為だったという。そして彼は、その店員と逃げていた。
 虚ろな思考で考えたのは、およそ二年半の交際。
 私――貢いで貰ってない?
 私――なんて安い女?
「――なに、ちょっとドラマっぽいことしてんのよ!!!!」
 私は刑事の前で叫んでいた。
 心的世界の崩壊を、そのまま現実世界に写し出すように、私は暴れに暴れた。部屋に戻って彼との思い出に関係なくあらゆるものを投げつけ、破壊し、破り捨てた。心配して友達が駆けつけてくれなかったら、もしかしたら自分自身をも破壊しようとしていたかもしれない。泣いて、泣いて、泣き尽くしたら――大切にしていた大好きなミュージシャンのポスターまで破っていて別の意味で泣けた。
 破壊衝動は止んだけれど、今度は無気力になった。友達が慰めてくれたけど、受け止める世界を失った私には届かなかった。ただ一人、友達と呼ぶほど親しくなかったけれど、普段から世界を斜に見ているような言動をしていた子の言った言葉に私は妙な納得をした。
「他人に期待するほど、不確かなものはないよ」
 人間不信に陥っていた私は、なるほど当然だと思った。元々信じられないモノを信じ、期待を寄せる不確かさ、愚かさ。そんなリスクを抱えたものに全身で寄りかかるような危険を冒していたのは、そもそも私ではなかったか。
――そうだ、私も悪かったんだ。だったら、これからは私が注意すればいいんだ。
 恨みや憎しみを忘れられるほど聖人君子ではないけれど、復讐はよそうと思った。私にも事情がある様に、人それぞれ事情があると知った。誰もが自分の事情を優先する。それが普通だと知った。
 そんな私の考えを語ったら、ある友達に、
「人を信じられなくなっちゃって、可哀想」
 なんて言われたこともあったけど、私は他人には敬意を払う。ただ、期待しないだけ。もし誰かが私の為になにかをしてくれたとしたら、それは宝くじが当たったと思って有難く感謝しようと思う。
 私は、自分で自分の道を歩むことにした。
 就職活動の期間は過ぎていたから、もう新卒採用での就職は難しい。どうしようかと思って身の回りを見渡したら、引き出しの奥底にしまわれていた為に破壊の難を逃れたあのデジタルカメラがあった。

 宮本武蔵は一乗寺下り松における吉岡一門との決闘に先立ち、この八大神社の社殿の前に立ち、必勝を祈願しようと鰐口の綱に手を伸ばしたが、思い止まりそのまま決戦に臨んだという。小説「宮本武蔵」の著者吉川英治は自身の随筆の中で、武蔵の遺文である「独行道」より「我れ神仏を尊んで神仏をたのまず」という言葉を採り、この行動により武蔵が得た悟りを解釈している。

 私が初めて八大神社を訪れたのは、一年前の少し春めいた頃で、傍らには彼がいた。だから当時は武蔵の想いなど推し量ることもなく笑って去ったけれど、今の身の上を武蔵の想いに重ね合わせようとするならば、私は武蔵の行動に倣うことによって、武蔵が踏み出したのと同じ一歩を、この八大神社から踏み出せるのではないかと思う。
 本殿前に立ち、幾ばくかのお賽銭を入れる。そして、鰐口の綱には触れない。神に私の存在を知って貰う必要はないから。二礼二拍手一礼。神への礼を尽くして後は去るのみ。神社に来て祈願をしないなんて、なんて無駄足だけれど、今の私にはこれでいい。
 頼らない強さがあれば、私は人としてもっと成長できるだろう。
「もう、安い女なんかにはならないぞ!」
 鳥居を出た所で、私は坂の下に広がる京都の街並みにカメラを向け、フルカラーの写真を一枚撮影した。その一枚を、私はとても美しく感じた。

(2012/02/16)

八大神社ホームページ⇒http://www.hatidai-jinja.com/

京都にての物語紀行「八大神社

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