十輪寺(なりひら寺)

「十輪寺(なりひら寺)」

 

 昔、男がいた。
 男の名を、在原業平(ありわらなりひら)という。
 人呼んで『平安のプレイボーイ』――

 てな、イメージが先行する、在原業平という人。
 平安初期の人物で、父親は阿保親王、祖父は平城天皇という高貴な生まれであったが、兄の行平と共に臣籍降下し、在原姓を名乗った。
 業平といえば歌人として有名で、勅撰和歌集に80首以上が入撰しており、六歌仙、三十六歌仙にも選出されている。
 で、なぜ『平安のプレイボーイ』などと呼ばれることがあるかというと、伊勢物語の主人公である『男』が業平と同一視されている為だ。
 伊勢物語では『男』の、各地で重ねた多くの恋物語が語られている。
 そんな業平が、晩年に住んでいたといわれるのが西京区にある十輪寺。故に、十輪寺の通称を『なりひら寺』という。ここで業平は、難波の海より海水を運ばせ、塩焼きをしてその風情を楽しんでいたという。

 十輪寺の創建は嘉祥3年(850)、文徳天皇の后である染殿皇后(藤原明子)の安産祈願の為に、比叡山の恵亮和尚を開山に請じて創建されたという。無事に後の清和天皇となる皇子が誕生すると、以後勅願所として栄え、下っては藤原北家(花山院家)の菩提寺として法統を繋いだ。
 ところが、京都の歴史ある寺社は大概被害にあっている、かの応仁の乱が勃発すると、十輪寺の堂宇もまた灰燼と帰してしまった。
 以降、荒廃してしまった十輪寺が再興されたのは江戸期に入ってからで、寛文年間(1661~73)に公卿の藤原定好より再興され、次いで藤原常雅により堂宇が整備されて現在に至っている。

 十輪寺の見どころを挙げるとすれば、まずは上記したように在原業平に縁の遺跡だろう。
 本堂の左手から裏山に登る道を辿って行くと、途中に業平の墓とされる小さな宝篋印塔が立っている。更に道を登ると、やがて塩竈跡に出る。塩竈自体は再現された新しいものになっているが、窪んだ地形は往時のままだという。ここで業平は塩焼きを楽しんだという。
 なお、業平には想い人があり、伊勢物語に語られているその想い人、二条后(藤原高子)が一族の氏神を祀る大野原神社を参詣した際には、塩焼きによって紫の煙を立ち上げて、己の想いを煙に託していたと伝えられる。
 現在では、普段から塩竈に火を入れることはなくなったが、毎年11月23日には『塩竈清めの祭』が行われ、塩竈を清めて立ち上げた煙に当たり良縁成就、芸事上達、ぼけ封じ、中風除け等々を願うようになったといわれる。
 続いての見どころは、本堂だろうか。本堂には御本尊の伝教大師御作と伝わる延命地蔵菩薩が安置されているのだが、その形が独特だ。屋根は鳳輦(ほうれん)形という御輿をかたどったもので、丸みを帯びた姿が特徴的だ。裏山を登る道すがら屋根を見下ろすことができるので、その時にでも確かめて貰いたい。屋根以外にも、本堂の入り口には鳥居が模され、内部天井の彫刻も独特の意匠が施されていて面白い。
 業平御殿には王朝絵巻を描いた襖絵があり、これも見どころではあるが、最後に挙げたいのは庭園、と呼ぶには余りにも狭いが、とても面白い造りの『三方普感の庭』と呼ばれる坪庭だ。名前の由来は、庭を取り囲む三方、高廊下、茶室、業平御殿、それぞれから眺めると、それぞれ違った見方、感じ方ができるというものだ。高廊下からの眺めは天上界からの眺めを表し、茶室からの眺めは人間世界の眺め、業平御殿からは海底からの眺め、となるのだという。また、この坪庭には一本の桜の木が立っている。その枝葉は坪庭の空を覆うように広がっているのだが、桜の時期にはまさに坪庭の空を彩る桜の天蓋となる。この風情を楽しむ絶好の場所が業平御殿廊下で、かつ、かつての公達がしたようにと説明される手枕をし横たわって眺めると、更に見事となるだろう。十輪寺は特別桜の名所という訳ではないが、この独特の環境にある一本を眺めるのも一興だろう。

 場所柄、赴くには少々不便で、これといった強いインパクトを与えられる見どころがない十輪寺だが、それはそれで静かな環境を保ち、訪れればほっとした一時を与えてくれる。
 そんな静かな環境で心豊かに、塩竈を前に業平の姿に想いを馳せたり、また「三方普感の庭」で想像力を逞しく幾つもの風情を楽しんでみたりするのも良いのではないだろうか。
 個人的には、今年の桜の終わり頃(桜は枝先にちょこっとだけ残ってた)と夏の始めの二度訪れたが、やはり一度桜の満開の頃に訪れてみたいと思う。業平御殿で寝転がり見上げる桜の天蓋。それと、裏山から眺める特徴的な本堂と桜の姿を思うに、それはそれぞれ、とても美しい光景だろうと想像する。

 関連作品:京都にての物語「想い、祝福を

(2013/08/07)

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十輪寺オフィシャルブログ⇒http://narihiratera.seesaa.net/

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